電子ビーム分極反転における蓄積電荷分布の観察

静岡大学電子工学研究所
○粟野春之,小田大輔,皆方 誠

1.はじめに
 分極反転のメカニズムを明らかにし,極微分極構造を制御して形成することが可能になると,現在ある超高速光変調器,SHG素子などの光デバイスの特性を飛躍的に向上させることが期待できるほか,従来にはない耐環境性に優れた超大容量メモリの実現の可能性がある(1).しかし,分極反転メカニズムに関する報告例は少ない.
 我々はこれまでLiTaO3などの強誘電体結晶に電子ビームを照射して分極反転を行い,詳細な検討を行ってきた.その結果,分極反転の際に反転核を形成する「核形成しきい値」と反転領域を広げる「反転しきい値」の存在を見いだした(1).また,描画したパターンと反転サイズの関係を合理的に説明するために頂角一定の「砂時計型電荷分布モデル」を提案し,実験結果を矛盾なく説明してきた(1)
 しかし,実際に電荷分布の形状を観察することはできなかったことから,電子ビーム照射によってLiTaO3結晶表面に堆積する電荷分布の観察に対する強い願望があった.本報告では,電子ビーム描画後に電荷分布を直接観察することができたこと,観察の結果「砂時計型電荷分布モデル」が妥当であることがわかったことなどについて述べる.

2.ナノメートル分極反転
2-1.電子ビーム描画装置

 実験で用いた電子ビーム分極反転装置を図1に示す.装置は電子ビーム制御系,パターン発生器,制御用コンピュータなどから構成されている.電子ビーム制御系は走査電子顕微鏡(SEM:日本電子JSM-5300)を一部改造したものである.高価な専用の描画装置と比べるとビーム走査速度や照射電子量に一定の制約はあるが広い範囲で制御可能になっている.パターン発生器は多量のLSIを組み合わせた装置で直線,円,台形など任意のパターンを発生することが可能である.制御用コンピュータはMacintoshを使用しており,操作のしやすさから描画パターンが容易に設計できる.このコンピュータにより種々の形状を組み合わせて所望の描画パターンを作成し,電子ビーム制御系によりそのパターンを所望の倍率で結晶表面に描画することができる.直径10nmに絞られた電子ビームは1ドット(10nmφ)単位でディジタル制御できるように設計されている.1ドットあたりのビーム照射時間は「clock」というパラメータで制御する.1clock = 0.5μs であり,1から最大30,000まで設定可能である.
 この装置のメインテナンスとSEMの操作法,電子ビーム分極反転実験の手順を学生に指導することが私の仕事である.

2-2.分極反転領域の観察
 実験に使用した試料は国産のz-cut LiTaO3 で,厚さは500μmのものを用いた.+c 面に電極として Au を蒸着し,-c 面に電子ビームを照射した.加速電圧は20kV,ビーム電流は200pAで実験を行った.
 描画終了後,+c 面の Au 電極を王水で除去し,続いてフッ硝酸混合液でエッチングした.-c 面が選択的にエッチングされるため,分極反転が行われた領域では+c 面の一部分が凹状になる.このパターンを干渉顕微鏡(Nicon OPTIPHOT2-POL)及びSEMを用いて観察した.

3.電荷分布モデル
 1μm x 1μm, clock 30,000の描画パターンでは60μmφの反転パターンが得られた.この時の電子照射量を V=1 としたとき,(1)描画パターン面積の大小は電子照射量 V値の多少に対応すること,(2)V値が大きい場合(V>1)には,描画パターンに比べて非常に大きな円形反転形状が得られることがわかった.得られた結果は図2に示すような頂角一定の「砂時計型電荷分布モデル」によって矛盾なく説明できることがわかった.
 照射された電子ビームは,加速電圧が高くなると(本実験では10kV以上)結晶内にめり込む.LiTaO3結晶の抵抗率が高いため,電子はパターン描画領域からほとんど移動できずに電荷が蓄積される.新たに打ち込まれる電子は先に打ち込まれた電荷による強いクーロン相互作用で反発し照射領域から逃げて広がる.砂時計において砂が降り積もり一定の頂角を持った円錐が形成されるように,円錐の電荷分布を形成するものと考えることができる.従ってV値が大きくなると円錐は一定の頂角αを保ったまま大きくなっていくと考えられる.
 そして,ある一定の高さ(反転しきい値)を超えた時に反転が起こると考えることで,描画パターンと反転寸法の関係をうまく説明することができた.

4.電荷分布の観察
4-1.表面電荷像の観察

 LiTaO3結晶のように抵抗率が高い材料は,SEMで表面を観察しようとするとチャージアップする.また電子ビーム描画後,結晶表面に不必要な電子ビームを照射しないように注意を払っていた.しかし,学生と一緒に実験を行い,位置を確認するために結晶の一部をSEMで観察したところ,電荷分布像を発見した.
 描画後に試料表面を観察すると図3のようなパターンが現れる.結晶表面に電子ビーム照射しかしていないこと,加速電圧を変化させて観察するとサイズが違ってみえることから,これは電荷像であると考えられる.
 図3は,一辺が 1μmの四角形パターンをclock 30,000で描画した時の電荷分布である.電荷分布は,1,000μmの六角形状に拡がっていて描画領域に比べて電荷の広がりが非常に広範囲に及んでいることがわかる.また,この六角形はLiTaO3の結晶構造が三方晶系であることに関係しており,結晶方向に依存していると考えられる.
 電荷像の中央部分を拡大してみると図4(a)のような人工的なパターンが観察できた.SEMの倍率と像の大小が対応していることからこれは実像である.また,観察時の加速電圧を変化させるとこの像の大きさが極端に変化した.詳細に観察した結果,SEMの試料室内部がちょうどカーブミラーに映った景色のように写し込まれていることがわかった.比較のためSEM試料室内部を鏡に反射させて撮影した写真を図4(b)に示す.
 これは次のように考えるとうまく説明できる.SEM観察時に走査される電子ビームがLiTaO3表面に蓄積した電荷による相互作用を受けて反射しSEM内部に衝突する.衝突によって生じた二次電子が検出器にとらえられSEM内部の像となって映し出される(図4(c)参照).このことからも観察された像が結晶表面に蓄積した電荷分布であると考えることができる.

4-2.表面電荷像の経時変化
 使用した描画パターンは,リングとドットの2種類で,リングは内径50μm,幅10μmでclock25で描画し,ドットは1辺が1μmの四角形パターンをclock30,000で描画した.この時の電子照射量は,1μm角のドットの照射量を1とすると,リングの照射量は1.57 倍になる.その後,SEMを用い電荷分布の観察を行った.
 リングとドットでは,照射量に違いがあるため,電荷分布の大きさは多少異なるが,形状に違いは見られなかった.そこで,これらの像を用いて電荷分布の時間経過による変化を観察した.
 描画直後には1,000μm以上だった六角形状の電荷分布が,7時間後に観察すると,直径150μm程の円形状の電荷分布に縮小していた.その後,2週間,電荷分布の観察を続けたところ,わずかに小さくなっているものの描画直後ほどの変化はなく,電荷分布はほとんど安定な状態にあった.
 経時変化を進ませるために,SEMの排気を中止し,表面に蓄積した電荷を中和した.
するとリングとドットの両パターンにおいて,それぞれ反転パターンを非常に良く反映した電荷分布像が得られた(図5参照).これらの像は,はじめ非常に明るいがSEM観察中に徐々に薄くなり数分後には完全に消えて見えなくなってしまう.時間をおいて再度観察を行うと,また最初のように観察することができる.これは,繰り返し観察が可能で,その様子は結晶内から電荷がしみ出してくるように見えることから,注入された電荷であると考えられる.さらに,繰り返し観察可能なことから,電子ビーム描画によって多量の電荷が結晶に注入されていると考えられる.

5.砂時計型電荷分布モデルと電荷分布
 得られた電荷分布と,砂時計型電荷分布モデルの比較を行った.1μm角のパターンを描画した時の反転寸法は,エッチング後の光学顕微鏡観察によって60μm 程度の円形反転形状であることがわかっている.500μm厚のLiTaO3において,1μm角のパターンを描画したときの円錐の高さを1と規格化することで,反転しきい値は0.61であることが実験結果からわかっているので,電荷分布のモデルは,底辺が直径 150μmの円錐型であることが推測できる.この時のモデルと観察した電荷分布を比較すると,電荷分布はかなり拡がっていることがわかった.しかし,電荷分布の経時変化を調べた際,周辺の部分は中央部分に比べて非常に薄く拡がっており,表面電荷の中和によって反転パターンを反映した電荷像がえられたので,電荷分布とモデルはほぼ一致すると考えられる.
 また,電子照射量を変えたときの電荷分布の観察を行った.結果は,電子照射量を増加させることで,電荷分布が拡大していくことがわかった.このことからも,砂時計型電荷分布モデルの有効性が示されている.

6.まとめ
 LiTaO3 結晶の -c面に,加速電圧20kV,ビーム電流200pAで電子ビームを照射すると1μm角の描画パターンに対して60μmφの反転パターンが得られた.この時の電荷分布をSEMにより直接観察することができた.これより提案してきた「砂時計型電荷分布モデル」が妥当であることがわかった.


参考文献
(1)皆方誠, 中田善一, 粟野春之:静岡大学電子工学研究所研究報告, 32, 49-57

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